A-BEAT C Producer&Writers




Giancarlo Pasquini
Position
Producer,Artist
Carrier
TIME RECORDS&DISCOMAGIC→FLEA→A-BEAT C

ユーロ界のゴットファーザー、または”教授”などと呼ばれる現在のユーロビートそのものを作り上げた超大物プロデューサーです。マントヴァで生まれた彼はDavid Boyに憧れ、現地の音楽学校を卒業後、アーティストとしてなるべく活動を始めました。幾度のバンド活動をへた後、1984年、仲間のLuigi Raimondiと共にALEPHを結成。ヨーロッパでデビューするも最初は泣かず飛ばずでした。しかし現Saifamの社長であるMauro Farinaとの出会いが彼の運命を大きく変えることになりました。Farinaのプロデュースのもと、Giacomo MaiolIni率いるTIME RECORDSに移籍した彼は流行であったHI−NRGアーティストに方向転換。「FLY TO ME」、「FIRE ON THE MOON」はヨーロッパのみならず日本でもたちまち大ヒットとなり、HI−NRG界に金字塔を打ち立てたのでした。

その後彼はコンポーザーとしても才能を遺憾無く発揮しM.Manzi名義で「TOUCH ME/LINDA ROSS」などの名曲を制作しその名を不動のものにしていましたが、AVEXの依田社長と松浦専務との出会いが彼をまた新たな挑戦にかりたてることになるのでした。

程無くして彼はSandro OlivaとともにTIMEを離脱。FLEAレーベルへ楽曲供給すると同時に自らのレーベル”A-BEAT C”を設立、AVEXと独占契約を結ぶことになりました。日本のみにターゲットを絞ったコンセプトとそれまでのメロディラインを重視した作風よりもアグレッシブ度を重視した”MEGA−BEAT”路線がたちまちオオウケ。J-POPとの融合というユーロビートの新しい流れを作り出した立役者としても貢献していて、現在の業界の礎を築いた人といっても過言ではないでしょう。あとはもうご承知のとおり、ユーロ界のトッププロデューサーとして君臨されています。

<関連>Marco Manzi
TIME、そしてDiscomagic系のレーベルに彼が楽曲提供する際に使っていた偽名です。今でもたまーに使うことがありますが、これを本人に聞いてみると「いつもの作風とは違う思い入れがその曲にあった時に使う」んだそうです。
<関連>DAVE RODGERS
彼がアーティストとして活動する時に使う名前です。TIME時代にはプロデューサーとして表記される場合に使われていましたがいつのまにかアーティストネームになっていました。

Albert Contini
Position
Producer
Carrier
DISCOMAGIC→A-BEAT C

DAVE RODGERSと共にA−BEAT C、そしてユーロビートを作り上げた影の立役者です。元々Disco MagicでロックメタルレーベルのA&Rの仕事をしていたのですが AVEXの依田社長と松浦専務とのふとしたミーティングが彼を新しいレーベル設立へと動かすことになりました。同じレーベルで知り合いであったGiancarlo Pasquiniと共にA−BEAT Cを設立。プロデューサー&コンポーザーとして楽曲に携わりつつ、レーベルのマネージャーとして日本のミュージックシーンを常に意識したサウンド作りを心がけA−BEAT Cをトップレーベルに成長させました。(King&Queenの時の話は有名ですね)。その節はたいへんお世話になりました!

<関連>Buludozar
ルーツがメタルロックにある方らしく、A−BEAT Cレーベルの関連レーベルでデビューしたパンクロックグループ”Buludozaer”のメンバーとしても活動されておられました。他のメンバーも現DELTAのAndrea Panigataや真田せつえさんの夫Fausto Guioと超豪華。


Sandro Oliva
Position
Producer,Sound Engnner
Carrier
MEMORY RECORDS、イタリアのマイナーレーベルたくさん→TIME、DISCOMAGIC→A-BEAT C

かのGino Cariaと大親友でキャリアは30年近くというDAVE RODGERS以上の超大ベテランのライターさんです。KEN LAZROの一連のヒット曲などGino Cariaと共同の作家活動のほかに M.Farinaのサポートエンジニアとして80年代のTIME RECORDSの曲のほとんどのミックスに関わりました。 そしてかってALEPHの時に共に仕事をしたDAVE RODGERS、Albert Continiの誘いでA-BEAT Cの設立に参加。現在に至るまで レーベルのサウンドエンジニアのチーフ、そしてコンポーザーとして活動されています。


Luigi Raimondi
Position
Producer,Composer,Artist
Carrier
TIME、DISCOMAGIC→A-BEAT C

DAVE RODGERSと昔からの友達でALEPHのサックス担当を始めてから常に行動を共にしています。 その流れからかコンポーズでも哀愁系スペシャリストの異名をとるほどのメロディアスな 曲を作るのが得意であのHYNOKY TEAMの一員としてクレジットされています。 またRaimond Barry名義で曲も発表されていてボーカルもたまにされるみたいです。

 

Fabrizio Rizzolo
Position
Composer,Artist
Carrier
MEMORY RECORDS,DISCO MAGIC,FLEA→A−BEAT C→LED→A-BEAT C

80年代に一世を風靡したイタロディスコアーティスト「BRIAN ICE」のボーカリストとして有名です。 同時に作家としても活動していて現在SINTETICOというSaifam傘下のレーベルにいるFranco Diafeliaとコンビを組みDISCOMAGIC、FLEAなど多くのレーベルで曲を書いていました。そこへ旧友のDAVE RODGERS がA-BEAT Cを設立するという話を聞き、シンガー&ライターとしてスポット参加。 「NOTHING'S GONNA TAKE MY LOVE FROM YOU / KAREN」を始めとするヒット曲を手がけました。 その後イタロハウスに転向し、ユーロからはしばらく遠ざかっていましたがその間にもVIBRATIONのLED RECORDSから「CHANGE THE WAY」という名曲を生み出したりしています。 トラブルがあってLED離脱後はL.PENN, A.LEONARDIがいなくなったA-BEAT Cに再び舞い戻ってきて、 良質の楽曲をまた提供しはじめました。"MY ONLY STAR / SUSAN BELL"なんかが彼のカラーが良く出ている代表曲と言えるでしょう。伸び伸びとした、ボーカルを生かせる、息の長いメロディーラインが特徴的です。


Carlo CantIni
Position
Composer
Carrier
A-BEAT C

彼はイタリアではかなり有名な音楽プロデューサー(それもクラシック系)で自らアーティストとして ヨーロッパでライブ活動をするかたわら、作曲家兼アレンジャーとして 数多くのアーティストの制作に関わっています。 DAVE RODGERSと同じマントバ出身の縁でA-BEAT Cにも不定期に曲提供をされていて 以前は、"EXTASY / DJ NRG"なんかの楽曲制作を手がけてました。 最近では「YOU SET OF MY FIRE」が有名。



Matteo Setti
Position
Composer,Artist
Carrier
TIME→A-BEAT C

A-BEAT C期待のシンガー”MATT LAND”ことMatteo Settiの本業はなんとミュージカル俳優。そのルックスの良さも手伝ってイタリアでは若手俳優の成長株として注目されているそうです。 シンガーとしての活動歴は96年にあのGiordano Gambogiと共にカバーバンドを組むかたわら 彼の紹介でTIME RECORDSでTENSIONなどのシンガーをつとめました。 LUKE PENN離脱後はしばらくシンガーの仕事をお休みしていましたがまたまたGambogiの紹介で 今度はA-BEAT Cのシンガーとして契約することになりMATT LANDが誕生したわけです。