Robert Arduni&Antonio Puntillo
Position
Producer,Artist
Carrier
TIME RECORDS&DISCOMAGIC

90年代前半にTIME-RECORDSを中心に活躍したプロデューサーコンビ。DAVE RODGERS離脱直後のTIME-RECORDSを支えました。

Robyは7才の時から両親の影響でクラシックを学びそこでピアノをマスターしました。青年時代にはそれと相反するようにプログレッシブロックにぞっこんでDea Divaという自分のバンドを組みながら音楽業界で働くことを夢見ていたそうです。そんなある日、キーボードプレーヤとしてたまたま呼ばれたところが設立間もないFactory Sound Studioで、そこで彼はMauro Farinaと出会い、彼に素質を認められ、スタジオで働くことになりました。 1983年、 彼は本格的に作家としてデビュー。ハイエナジーを中心に関わり、作った楽曲はヨーロッパを中心にヒットをおさめ、新進クリエイターとして名を馳せることになりました。その後はユーロビート、ハウスミュージックなど手広く活動していました。

一方のAntonioは14歳の時からおじのサポートをうけて、ギター、ピアノを学びました。20才の時に作家としてデビューした彼はダンスミュージックを中心にいくつかの
習作的な楽曲をリリースしてきましたが、89年、ENERGY PRODUCTIONから「Love Can Do/BLUE TATOO 」という当時ブームに火がつきつつあったイタロハウスの楽曲がヒットし、得意のピアノの旋律を生かした大胆なアレンジを売りに一気に知名度を高めていました。

そんな彼らは90年にTIME-Studioで出会いました。 それぞれの音楽性に共通性を感じた彼らはたちまち意気投合。ここに今でも続くコンビが誕生したのでした。先輩格のSergio Dall'Ora 、そしてGelmettiやClara Moroniのサポートを受けながら問題作「BLACK POWER」を皮切りに「YOU GOT ME GOING CRAZY」、「ARE YOU READY」「WHAT KIND OF CURE」など大ヒット曲を連発。92年までTIME-RECORDSの中心メンバーとして活躍しました。またMedia RECORDSではMassio Personaと共にMIGシリーズを代表とするテクノトラックでも成功を収めました。

93年には独立し、念願のレーベル「UNION」をTIME傘下で立ち上げるも、金銭問題のトラブルであえなく契約終了。しかしそこへ手をさしのべたのが、かってRobyを育て上げたMauro Farinaなのでした。Saifam傘下で再出発をはかった彼らはその期待にこたえるべく、ハウスを中心に精力的に作品をリリース。 日本ではなじみがないですが、ヨーロッパシーンではかなりの人気を集めているそうです。現在はSaifamの重要な”パートナー”としてMauro Farinaの厚い信頼を受けPOPS性に富んだハウスモノを中心に活動されておられます。

<関連>Max&Felix
TIMEのレコードジャケットの裏面に必ずクレジットされていたこの名前は元彼らのパートナーでサウンドエンジニアのMassio ”MAX” PersonaとAntonio ”FELIX” Puntilloのことをさしています。Personaさんは現在Energy Productionのスタジオマネージャーという要職につかれております。
<関連>BLACK POWER/MAIO&CO
世間ではDAVE RODGERSをTIME離脱に追いやったという噂絶えない曰く付きの問題作。リフはもちろんのこと、ベースラインからバスドラのトーンまで美しすぎるくらいパクッたのだからしょうがないか(笑)。でも時期的にみたら離脱の時と一致しないという不可解な謎にもつつまれています。ついでにいうと、彼らのたいていのヒット作はなにかしらその前にリリースされた曲と似通っているポイントがあるのが特徴です。でもそれをヒットに結びつけるのが彼らのアレンジの妙なんだなー、これが。


 

Federico Di Bonaventura
Position
Producer,Composer,Artist
Carrier
TIME

80年代後半に一世を風靡したアーティスト”FRED VENTURA”としてまた作家としても”哀愁ユーロビートの帝王”の名を欲しいままにした希代の名コンポーザーです。70年代からシンガー、コンポーザーとしてプロ活動をしていた彼はやはりMauro Farinaの誘いによってユーロビートに関わることに。最初は”FELLX”という名前でアーティストデビューしました。作家としての最初のヒット作は「BIG BROTHER/ALEPH」で小説「1984」をテーマにした壮大なスケールを持ったサウンドが一躍注目されました。ほぼ同時期に彼は”FRED VENTURA”としてもデビューしTIME移籍後第一弾となった「Leave Me Alone」はセンチなメロディと極上のサックスを絡ませた男性哀愁の決定版ともいえるクオリティで当然の如く大ヒット。日本でも邦題”ひとりぼっちのメロディー”として売り出されました。一気に波に乗った彼はアルバム「IMAGINE」をリリース。物鬱げなファルセットボイスとサックスを駆使してメロウな曲を歌い上げるアーティストスタイルが人気を呼び一気にTIME-RECORDSのトップアーティストの一人としてのポジションを確立しました。中盤になってくるとDave Rodgersと コンビを組み「LOST IN PALIS」「ONE DAY」などDaveがTIMEを離脱するまでヒット作をシーンに送り続けていました。

90年からは作曲家としての活動をメインに引き続き得意の哀愁ビートを生かした曲を作り続けました。中でも「ETERNITY/VANESSA」、「JUST AN ILLUSION」、「LOVE/LISA JHONSON」などは哀愁ユーロ史の名作として知られています。またTIME以外にもDiscoMagic傘下レーベル「DOWN TOWN」で恋人のNilla Backmanと「AXEL」というコンビで曲をリリースしたりしています。しかし92年を最後にユーロビートを離れ、以後はTIME傘下レーベルでハウス、ダンスポップ系のコンポーザーへと転向していきました。

94年には一度ユーロビートに帰りSergio Dall'Oraと共に「You Better Feeling」他2曲ををリリース。得意の哀愁メロディが健在であることをアピールしましたが、時と共に変化していくユーロビートのサウンドスタイルが彼にとっては魅力的な音楽ではなかったようです。その後彼がユーロビートに帰ることはありませんでした。

現在はヨーロッパ向けのダンスミュージックを制作をしながら、オランダなどの国で年一回ほど”FRED VENTURA”としてライブ活動を行っているそうです。ここにはDave RodgersやDOMINOもゲストでやってくるとか…